「システム・オブ・システムズ」という言葉をときどき目や耳にする。簡単にいえば、複数の独立したシステムが相互につながり、全体として何らかの効果をもたらすようなシステムのことで、情報通信ネットワークの性能向上と普及、IoTの「流行り」と共に注目されるようになった印象がある。
今後においても、重要な概念になるように思う。
システム・オブ・システムズとは何か
システム・オブ・システムズ(System of Systems:"SoS"と略記)は、その字面から、「複数のシステムが集まってできたシステム」といった意味で捉えられることが多いように思う。
しかし、実際はそういう意味ではない。(それは、従来からある一般的な「システム」の概念と変わらない。)
わざわざ新しい概念が提唱されたのには意味がある。
Mark W. Maier氏が1998年にINCOSEのジャーナルで発表した "Architecting Principles for Systems-of-Systems" という論文で、SoSの明確な定義を示している。それによると、SoSは以下の5つの特徴を持つ。
- 運用の独立性: SoSを構成する各サブシステムは、個別に運用される。
- 管理の独立性: SoSを構成する各サブシステムは、別々に調達され、統合される。
- 進化性: SoS全体の機能や目的の追加、削除、変更が動的に行われながら、常に進化していく。
- 創発性: SoSは、サブシステムの単なる総和ではない機能や目的を持つ。これはSoS全体の創発性であり、どのサブシステムにも還元できない性質である。
- 地理的分散: SoSを構成する各サブシステムは、地理的に離れた位置に分散しており、情報の通信のみでつながっている。
SoSとは、このような特徴を持つシステムのことである。
「IoT時代の開発方法論としてのシステムズエンジニアリング」, SEC Journal Vol. 11, No.3, 2015 では、上記の5つの特徴を踏まえ、SoSと一般的なシステムの違いについて、次のように端的に解説している。
これは、システム・オブ・システムズの構成要素のそれぞれが独立に運用され、それぞれ独立にマネジメントをされているということとなる。これを考えると、いくら大規模で複雑なシステムでも、独立に運用されないものや、全体をマネジメントする主体が存在するものはシステム・オブ・システムズではなくなる。
重要なポイントは、「独立に運用されないものや、全体をマネジメントする主体が存在するものはシステム・オブ・システムズではない。」というところであろう。SoSでは「全体をマネジメントする主体が存在しない」のだ。
また、ごく簡単な具体例を使い、SoSの特徴が解説されている。
INCOSE の Systems Engineering Handbook では、デジタルカメラとカラープリンターを統合したものをシステム・オブ・システムズの例としてあげている。つまり、このシステム・オブ・システムズは、撮影したものを印刷するというサービス(機能)を提供している。このとき、デジタルカメラは、デジタルカメラで独立して使われることができる。一方で、カラープリンターも、デジタルカメラがなくても単独で利用される。更にそれぞれの開発は、誰かが統合的にマネジメントをしているわけではなく、多くの場合、異なる会社がそれぞれ独立に開発している。新製品の投入も誰かが統合的に管理しているわけではなく、個別にマネジメントされているものである。こういったものが集まって、それまでにないサービスや機能を提供するのがシステム・オブ・システムズであり、だからこそ、これまでのシステムズエンジニアリングを超えたものとして、新たにシステム・オブ・システムズという言葉が必要になってきたのである。
改めて、システム・オブ・システムズ(SoS)の特徴を整理すると、次のようになる。
- SoSの構成要素のそれぞれ(各システム)は、独立して開発され、独立してマネジメント(メンテ)される。独立して使用することが可能である。
- それらが情報通信ネットワークを介して繋がることにより、個々のシステムの機能の単なる総和ではない機能(性質)を生み出す。
- SoS全体を統合的にマネジメントする主体は存在しない。
SoSでは何が問題になるか
SoS全体として持つ性質、創発性は、個々の要素を見ても予測しきれない。人間社会において困る性質が現れた場合に、「全体をマネジメントする主体が存在しない」ために、対応が難しいことが問題になると考えられる。
例えば、証券取引などの市場において、相場が短時間のうちに激しく急落・急騰する「フラッシュクラッシュ」という現象がある。(参考:フラッシュクラッシュとは? 発生原因と過去の事例から解説 (ig.com))
フラッシュクラッシュが起きるメカニズムは解明されていないとのことだが、アルゴリズム取引によって起きるフラッシュクラッシュが注目されているそうだ。コンピュータは、相場の変動に反応して極短時間のうちに売買の判断を行い、注文を出す。それが相場の変動を促す。その動きが連鎖して、相場の急落・急騰が起きるということだ。
アルゴリズム取引を行うコンピュータプログラムは、独立に開発され、運用される。そのようなコンピュータが大量に「証券市場」を介して繋がっている。この姿は、SoSである。そして、フラッシュクラッシュは、SoS全体として現れる性質、創発性である。
各コンピュータ(アルゴリズム)は、それぞれ独立に売買の判断を行い、注文を出す。それらが集まると、フラッシュクラッシュが起き得る。
相場の急変動は好ましくない。しかし、だからといって、売買注文を出す各コンピュータ(アルゴリズム)の振舞いに細かい制約を課し、相場の急変動を防ごうとすることは難しいだろう。市場は自由競争が原則であり、そのような全体管理はそぐわない。
現在は、相場の急激な変化があった場合、取引を停止する「サーキットブレーカー」で対応しているそうだ。「いったん、システムの全機能を止める」というやり方でしか対応できていない、ということだ。
フラッシュクラッシュは一例だが、独立なシステムが繋がって構成されるシステム、SoSの課題が現れていると言えるのではないか。
近年のAIの性能向上は目覚ましく、従来人間が行っていた作業をAIが代行するケースが今後増えることが予想される。様々な分野で、AIが自律的に判断し振る舞うシステムが至る所で個別に開発される。それらの振舞いの結果が相互に作用し合う場面が増えるだろう。
同じことを人間が行う場合に比べて、AIの判断・アクションは桁違いに高速であり、相互作用が激しく連鎖する可能性がある。これは、劇的に好い効果をもたらす場合もあれば、悲劇をもたらす恐れもある、ということを意識しておいた方がよいのではないだろうか。
以前の記事で「創発性」の例として挙げた、高速道路の自然渋滞も、SoSの例と言えそうだ。各サブシステム(自動車)は個別に開発され、個別に運用(運転)される。アクセルを踏む、ブレーキを踏む、という動作は、各サブシステムが個別に判断して実行する。それらが集まって、自然渋滞という全体的な性質が現れる。
車間距離を多く取れば自然渋滞は起きにくい。「車間距離を取りましょう」という呼びかけ(全体管理の試み)が行われているが、なかなかうまくいかないようだ。
車間距離が一定以下になったら後続車を減速させる、アダプティブ・クルーズ・コントロールの装備を全ての車に課す。そういった対策も論理的には考えられるが、誰がどのような権限でそのような強制力を発揮できるのか、という点が現実的には問題になりそうだ。
参考1:「システムズ・エンジニアリング」との関係?
「システム・エンジニアリング」と「システムズ・エンジニアリング」の違い(system に複数形の s が付くかどうかの違い)が時々議論になる。
「『システムズ』と複数形になるのは、SoSを指しているのだ」という説を聞くこともあるが、これは間違いである。
上に書いた通り、SoSの定義が示されたのは、Mark W. Maier氏による1998年のINCOSEのジャーナルにおいてである。
INCOSEは、"The International Council on Systems Engineering" の略称である。INCOSEは1990年に設立されている。(参考:INCOSEとは - JCOSE)
時系列的に、"Systems Engineering" の "Systems" が、SoSのことであるというのは成り立たない。
SEBoKにおいても、"systems engineering for SoS" や、"System of Systems Engieneering (SoSE)" といった表現がされており、SoSが Systems Engineering における関心の一部として位置づけられている。(参考:Architecting Approaches for Systems of Systems - SEBoK (sebokwiki.org))
参考2: Nancy Levesonによる言及
MITのNancy Leveson教授が、system-of-systems.pdf (mit.edu) にて、SoSに対する見解を述べている。
「システムが、サブシステムで構成されるのは当たり前のことなのに、それに対してわざわざSoSなどという新しい概念・言葉を作る必要はない。」
ということをおっしゃっているように読める。
これは、SoSを特徴づける5つの定義について、「そのような特徴を持つ『システムの部分集合』を敢えて特別視する必要はない」ということを言っているのだろうか…。