システム思考とSTAMP

世の中のいろいろなモノやコトを「システム」として考えることと、その道具の一つであるSTAMP/STPAについて。

「創発性」について

創発性とは

wikipedia では、次のように説明されている。

創発(そうはつ、英語:emergence)とは、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないような系が構成される。

「全体は、部分の総和以上である」とは、よく言われることである。例えば企業にいると、「1足す1」が「2以上」にならなければ組織としての意味がない、という話は社長などからの訓示でよく聞く。「相乗効果」という言葉も同じ文脈でよく使われる。

プロ野球の読売ジャイアンツの監督をしていた原辰徳さんは、「『読売個人軍』であってはならない」という話をよくしていた。個人の能力を単に足し合わせただけでは「チーム力」にならないという意味であろう。

 

これらの例を見ても、「創発性」とは日常生活でよく接するような、ごく普通の概念であることが分かる。

むしろ、「ごく普通の概念」というより、「あらゆることに通じる概念である」というべきであり、従って、「創発性」について理解し、常に意識しておくことは、この世界で起きる事象に対処する上で役立つといえる。

「創発性」はなぜ重要か

上に書いた例は、「システム全体としての良い性質」が創発される例であった。しかし、システムに創発される性質について「良い/悪い」と感じるのは人間の主観に過ぎないのであって、「創発性」という概念は良い/悪いの価値観は含まない。「システムの要素が相互作用すれば、要素の性質の単純な総和にとどまらない性質が全体として現れてしまう」というだけである。

例えば「台風」は、人間社会に大きな損害を与え得る「全体としての性質」を持つ。その性質を生み出す「部分(要素)」は空気分子である。密な状態から疎な状態に移行しようとする空気分子の「部分の性質」が集まると、台風という「全体としての性質」が生まれてしまう。

 

"「創発性」について”という論文(※1)には、次のようなことが記されている。

創発的理論とは、

全体に特徴的な振る舞いは,その構成要素がバラバラにあるとき,あるいはそれらが他の結合状態にあるときの,それら要素の振舞いについての最も完全な知識 most complete knowledgeが与えられたとしても,またこの全体におけるそれら要素の比率や配置についての最も完全な知識が与えられたとしても,たとえ理論上でさえ,そこからは演繹されえない。(Broad,p.59)

と主張するものである。

ここでは、「創発性」を理解する上で非常に重要なポイントが示されている。

それは、「システムを構成する要素についてどれだけ完全な知識があったとしても、そこから、システム全体の性質を演繹的に予測することは不可能である」ということである。

 

システムの構成要素を注意深く観察し、そこから、全体に起こり得る性質を思いつく/気が付くということはあり得る。しかし、「演繹されえない」ということは、全体に起こり得る全ての性質を解析的に導出することはできない、ということである。

 

これがなぜ「重要なポイント」かというと、このことを「できるはずだ」と考えている人が実は多いと思われるからである。それを感じる典型的な場面は、なんらかの「想定外の事故」が起きたとき、その原因が分析されると、「そんなことは設計段階で当然分かるはずだろう。それを怠ったのは開発者に責任がある。人災だ。」という声が上がるような場面である。

想定外の事故(すなわち、システム全体の創発性)が分かったあとで、それに繋がる要素の相互作用が分析されれば、その因果関係は明確になる。そうすると「それは当然分かるはずだ」と感じる。しかし、その逆方向の分析(要素の性質から事故を予測すること)は、必ずしも容易ではないのだ。

 

このようなことは、「事故」以外のことにもいえる。

例えば、企業が新製品の企画を考えるとき、想定顧客、競合製品、市場動向などを洗い出して分析を行うであろう。それはもちろん必要なことではある。しかし、そういった分析の積み上げのみによって必ず「売れる」製品が見極められるということはない。誰か個人の「突然のヒラメキ」のようなものが実は正しい場合もある。そのようなアイデアを「客観的な裏付けがない」「役員に説明しにくい」などといって切り捨てるとしたら、それはもったいないかもしれない。

 

「ロジカルシンキング」は必要ではあるが、それだけで「良い結果」を得られるわけではない。上記のような「ヒラメキ」を上手く導き出そうとするのが「デザイン思考」であるという見方ができる。

昨今の「説明責任」や「透明性」を重視する風潮は、「ロジカルに正しいこと」を偏重しすぎているのではないか。「創発性」に関する理解は、それを補正することに役立つと思われる。

なお、「創発性」に関する理解は、システムの「階層」、および、階層間の「コントロール」との関係についての理解も必要となる。(以下の記事を参照。)

システムの「階層」について - システム思考とSTAMP 

STAMPで考える「モノづくり・コトづくり」の本質 - システム思考とSTAMP

 

おまけ(その1)

STAMPでは、事故は創発性である、とする。つまり、システムの要素を分析しても「起こり得る事故」を演繹的に導き出すことはできない。したがって、「気づき」が必要になる。その「気づき」を上手く引き出し、その過程を記録する工夫が凝らされているのがSTAMP/STPAであるという言い方ができる。

おまけ(その2)

ところで、「人生」も創発性だと感じられる。「自分」の周囲の環境、これまでの経験、出会った人々、それらの「要素」が相互作用して「私の人生」ができている。

「良い人生」を送りたい。しかし、どうすると「良い人生」になるのか。「要素」は、偶然もあるが自分で選択できるものもある。ただ、「要素」から分析しても答はたぶん出てこない。じゃあ、どうすればいいのだろうか。そんなことも、「創発性」の教えから、ぼんやりと考えさせられる。

 

参考文献:

※1:「創発性について」,松本俊吉, 科学基礎論研究 28巻 2号, 2001